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千葉地方裁判所 昭和58年(ワ)1309号 判決

原告

山本義和

被告

日動火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二〇一万二一〇〇円及びこれに対する昭和五九年一月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え

2  訴訟費用は被告の負担とする

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主分第一、二項同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は保険業務を営む株式会社である。

原告と被告とは、昭和五六年一二月二日、概要左記内容の自動車保険契約を締結し、これにもとづく所定の保険料を遅滞なく支払つていた。

(1) 被保険自動車

用途 家庭用普通乗用車

車名 日産プレジデント

登録番号 千葉三三す六五一四

車台番号 二五〇―〇〇一三八四

(2) 保険期間

昭和五六年一二月二九日午後四時から昭和五七年一二月二九日午後四時まで

(3) 保険金額

車両保険 一〇五万円

対物賠償保険 三〇〇万円

2  保険事故の発生

(1) 日時 昭和五七年一二月三日午後六時二〇分ころ

(2) 場所 東京都江戸川区南篠崎町四丁目六三番地

(3) 加害車両 被保険車両

所有者 原告

運転者 原告

(4) 被害車両 フオルクスワーゲン(新潟五五つ八二八四)

所有者 新潟県新潟市幸西一丁目四番二五号

新潟オート株式会社

運転手 東京都江東区塩浜一丁目五番一―一〇三号

玉山博志

(5) 事故態様

加害車両が幅員約六メートルの道路を進行中、左側路肩駐車中の車両を追い越そうとして右側に寄つたところ、対向してくる自転車と正面衝突する危険を感じ、これを回避するためさらに右側に急転回したため発生場所(空地)に駐車中の被害車両の左側面及び後部に加害車両左前部を衝突せしめた(以下これを本件事故という。)。

3  損害等

原告は、本件事故によつて次のとおり損害をこうむつたので被告に対し、その支払を請求したが拒絶された。

(1) 被保険車両修理代 金七〇万二一〇〇円

(2) 同車両保管料 金六万円

(3) 被害車両修理代 金一二五万円

4  よつて、原告は被告に対し、本件保険契約第五章第一条第一項にもとづく3(1)及び(2)の損害合計七六万二一〇〇円、同第一章第二条にもとづく3(3)の損害一二五万円の合計二〇一万二一〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2および3の各事実については被告が支払を拒絶したことは認めるがその余はすべて否認し、同4は争う。

三  被告の主張

1  原告主張の本件事故は存しないから、被告には保険金支払の義務はない。即ち、

(1) 加害車両の左前部と被害車両の左前部および後部には損傷があるが、加害車両左前部の損傷と被害車両左前部及び左側面の損傷とはいずれも整合性がないばかりか、被害車両の右損傷は加害車両以外の車両によつて生じたものと認められる。原告はその本人尋問において、被害車両後部の損傷は、加害車両の衝突によつて被害車両が後退して、後向きに駐車していたトラツク(足立一一な七五四三)後部に衝突して生じたものであると主張するが、該トラツク後部には被害車両の後部損傷を生ぜしめたと認められるものは存しない(乙第二〇号証、鑑定証人駒沢幹也の証言)。

(2) さらに、原告は時速約三〇ないし四〇粁で被害車両に衝突したと供述しているが、加害車両左前部及び被害車両左前部の損傷は大きいので、真実原告が加害車両を運転していたのであれば、原告自身が傷害を負うはずであるのに傷害を負つていない。

(3) 原告は、本件事故発生時、被害車両に乗車していた者はいなかつたと供述する。ところが、衝突時、ハンドルを握つていたものがいなければ変形するはずのないハンドルが変形している。従つて、被害車両は運転者がハンドルを把握しているとき加害車両以外の車両に衝突されて運転者の胸がハンドルにあたつたり、運転者の両手の力がハンドルに加わるなどして変形したと考えられる(乙第二〇号証、前記駒沢幹也の証言)。

(4) 本件事故については、加害車両及び被害車両の損害が大きいのに所轄警察署に届けておらず、交通事故証明書がない。

以上のとおりであるから、本件事故そのものが存在しないものと認められる。

2  かりに加害車両と被害車両が衝突したとしても、それは偶然なものではなくて故意によるものであるから、保険金支払の義務はない(乙第一号証の自家用自動車保険普通保険約款の第一章第七条一項(1)および第五章第二条第一項(1)(イ))。

原告は、加害車両左前部の損傷及び被害車両左前部、左側面後部の各損傷はすべて一回の衝突事故で生じたと主張するが、被害車両の各損傷はいずれも同一車両による一回の衝突事故によつて生じ得るものではない。少くとも、左前部一回、左側面四回、後部一回合計六回の衝突によつて生じたものである(乙第二〇号証、鑑定証人駒沢幹也の証言)。従つて加害車両及び被害車両の損傷は、加害車両の被害車両に対する偶然の衝突事故によるものではなく、故意の衝突によるものである。

3  被告は原告が被告に対する事故内容の通知書に故意に不実の記載をしたので、保険金支払の義務はない。

原告は、昭和五七年一二月下旬ころ、被告に対し、自動車保険金請求書(甲第一号証)に警察不届出・交通事故証明書提出不能理由書(甲第二八号証)及び事故状況報告書(甲第二九号証)を添付して提出した(原告本人の供述)。これらの書類は原告自ら記載したものであるが、事故状況報告書の自車と相手車の損傷箇所の記載欄に、加害車両の損傷箇所は左前部被害車両の損傷箇所は左前部、左側面、及び後部と斜線により表示している(甲第二九号証)。しかし、前述のとおり、加害車両左前部の損傷と被害車両左前部及び左側面の損傷とは整合性がなく、被害車両後部の損傷は、衝突したという前記トラツク後部と整合しないので、被害車両の右各損傷はいずれも加害車両の衝突によつて生じたものではない。従つて、原告は故意に事故状況報告書に不実の記載をして被告に提出したので、被告は前記自家用自動車保険普通保険約款第六章一般条項第一五条第四項により保険金支払の義務はない。

4  本件事故は保険金目当ての偽装事故と思われる。

(1) 本件事故は車検証の有効期限が切れる前日の夕刻の事故である。

加害車両の車検証の有効期限は昭和五七年一二月四日であるところ、本件事故はその前日である一二月三日午後六時二〇分ころ発生したというのである。

(2) 本件事故は加害車両の自動車保険の満期の二六日前の事故である。

加害車両の自動車保険は昭和五七年一二月二九日満期で保険が切れることになつていた。

(3) 原告は被害車両の所有者訴外玉山博志と同業者であり、本件事故以前から面識があつて取引もあつた(証人塩浦一男の証言)のに、被告に対し、訴外玉山は知人でなく、取引は全くない(甲第三〇号証)と虚偽の申立をした。

(4) 本件事故の発生状況には不自然さがある。

原告は自動車運転の技倆に優れ、かつ経験が豊かであるのに、時速約三〇ないし四〇粁程度で走行中、自転車を右に避けるため、不必要に急角度に右転把をして、道路右端から約六米も奥に駐車していた被害車両に凡んど減速しないで衝突したという。

(5) 加害車両が被害車両に衝突したあとの移動方向が経験則や力学の法則に合つていない。

原告は、加害車両はその左前部が被害車両の左前部に被害車両のやや左前方から衝突したあと、被害車両の左側面を擦過して後方に進行し、加害車両の後部が被害車両から約一米離れて被害車両に寄り添う状態で停止したという(原告本人の供述)が、加害車両と被害車両の衝突角度、衝突時の加害車両の速度等を考えると、加害車両は左前部を軸としてその後部が被害車両からみて左へ回転したはずである(乙第二〇号証、前記駒沢証言)。

(6) 訴外玉山は被告会社従業員塩浦一男に対し、保険会社が本件事故につき不審に思うなら、保険会社が衝突したと認める部分のみ支払えばよいといつたが、もし本件事故が正当な事故であれば、通常被告に対し損害の全部を支払えというものであり、右玉山のような発言はない。

(7) 原告は加害車両及び被害車両の修理代を請求して、代車料とか転売のときの評価損を請求していない。通常営業に使用している車両であれば、当然請求すべき損害を請求しないのは不自然である。

(8) 原告及び訴外玉山は、本件事故に基づく保険金請求事件が未解決であるのに、加害車両及び被害車両とも早々と解体している。

これらの諸事実を合せ考えると、原告主張の事故はいわゆる偽装事故と認められる。

四  被告の主張に対する答弁

被告の主張はすべて争う。被告の主張は主として駒沢幹也作成の鑑定書(乙第二〇号証)および同人の証言に依拠しているものであるが、同人は同鑑定をなすにあたり、本件各車両を見たことも、本件事故現場の調査を行うこともなく各車の損傷についての写真にのみ準拠していたことが同鑑定書自体から明らかであつて、原告本人の供述および被害車両の運転手である玉山博志の証言等を無視した限定された資料にもとづくものであるから、右鑑定書の信用性には自ら限界がある。

さらに被告は本件加害車両および被害車両の各損傷が、加害車両の被害車両に対する偶然の事故ではなく、故意の衝突であることおよび原告が被告になした本件事故の通知書に故意に不実の記載をなした旨主張するが、右のような各事実は何ら証明されてはいない。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証等目録、証人等目録記載のとおりであるのでこれを引用する。

理由

一  請求原因1項の各事実および原告が同項2の本件事故発生を理由としてなした保険金支払の請求を被告が拒絶したことは当事者間に争いがない。

二  そこで原告が同2項で主張するような事故(本件事故)が存したか否かについて被告の主張と併わせて判断する。

1  原告は請求原因2項においてその主張の日時、場所においてその主張の態様により本件事故を惹起し、同3項に記載のとおり原告運転の加害車両および玉山博志の使用する被害車両に損害を生じた旨を主張し、原告本人尋問においても同旨を供述(もつとも請求原因2項においては対向してくる自転車との衝突を回避するため右転把したと主張していたが、本人尋問においては同一方向に向け走行中の自転車が急に原告運転車両の進路に移行してきたため、これとの衝突を避けるため右転把したものと供述している。)し、被害車両の使用者とされる証人玉山博志もほぼこれに符合する証言をしているので、これら供述の信用性について以下検討する。

2  成立に争いのない甲第三ないし第二二号証、証人駒沢幹也の証言および同証言により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証、証人玉山博志の証言、及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告運転の加害車両については、前部左側ヘツドライト周辺部分のみに損傷が認められ、また停止中に原告運転の加害車両に衝突されたという被害車両については、ほぼ四つの部位に次の損傷、即ち、左ヘツドライト周辺部の損傷(以下これを前部損傷という。)、左前輪の前方のフエンダーが大きく凹損した部分の損傷(以下これを前側部損傷という。)、左前輪上部フエンダーから左前席ドア、同後席ドアにかけての部分の損傷(以下これを側部損傷という。)および後部トランク及び左テールランプ周辺部分の損傷(以下これを後部損傷という。)が認められる。

(1)  しかしながらまず、被害車両の前部損傷と加害車両の前記損傷との整合性について検討するのに、前掲乙第二〇号証によれば、両車のこの部位に損傷を生ぜしめるような衝突態様としては、被害車両のやや左側を被害車両とほぼ正対するような形で加害車両が衝突してきて、互いに左ヘツドライト部分を接触し合うという状況が考えられるが、反面、かかる態様の衝突が生じたとするならば、被害車両においても、左フエンダー前部及びボンネツト左前部に前方から力が加わつて押しつぶされるはずであると認められるのに、前掲甲第一一、第一二号証、第一五ないし第一八号証によれば、これらの部分に前方からの衝撃を受けた痕跡を認めえないのであつて、両車のこの部位の損傷に整合性を認めることはできない。

(2)  次に、被害車両の前側部損傷との整合性について検討するのに、前掲乙第二〇号証及び証人駒沢幹也の証言によれば、両車のこの部位に損傷を生ぜしめるような衝突態様としては、被害車両の左前方約六〇度の角度から加害車両が衝突した場合に生じうるものであることおよびこの車両の損傷には非常によく似た部分が存在することが認められる。

しかしながら右各証拠によればかかる態様の衝突が生じたことを認めるに反する箇所もいくつか認められる。

その第一は、加害車両左フエンダー前部の山形に盛り上がつた部分(前掲乙第二〇号証四四ページ図三二の赤線部分)に対応する被害車両の損傷が見当たらず、逆に被害車両の前側部凹損の上部が直線状になつていて、両車に整合性が見られないことである。

第二に、被害車両の前側部凹損部分後方にある二条の擦過痕(同号証付属資料九にいう5及び6の損傷部)について考えてみるに、損傷5の方には塗料の付着が見られず、かつ表面が滑らかであつて、その対象物はメツキをした細いモールと考えられるところ、加害車両の前面にこれに対応する部分としてはヘツドライト周囲部分しか見当たらないにもかかわらず、この部分には細かい打痕が認められるのであるから、被害車両の前記損傷5のような滑らかな擦過痕とは相容れないことである。

第三に、加害車両左フエンダー下部には、緑色の塗料の付着が認められる(同号証四六ページ図三六の緑色円内)が、被害車両の塗色は水色であつて、これに対応する緑色部分はナンバープレートの文字及び数字部分しかないところ、左前方六〇度の角度からの衝突では、加害車両のこの部分に被害車両のナンバープレートが接触することはほぼあり得ないということである。

以上の点よりするならば、被害車両の前側部損傷は、左前方六〇度の角度から他車に衝突されたものと認めることはできるが、その相手車両は本件加害車両とは別の車両と考えざるを得ないこととなる。

(3)  次に、被害車両の側部損傷との整合性について検討するのに、前掲乙第二〇号証及び証人駒沢幹也の証言によれば、右側部損傷は少なくとも次の三つのグループ、その一は、フエンダーの前輪後部と前席ドア後部に前上がり後ろ下がりについた損傷(同号証一九ページ図一五の〈イ〉及び〈ロ〉)であり、この両者を結ぶと一本の直線となるもの、その二は、前席ドア下部三分の一位のところにある水平の損傷(同図の〈ハ〉)、およびその三は、左前輪上部に前下がり後ろ上がりに数本平行についた損傷(同号証二四ページ図二〇の左側の損傷)に分けることができ、これら三つの損傷は、それぞれその方向が後ろ下がり、平行、後ろ上がりと異なつており、異なつた機会に生じた損傷であると認めることができる。即ち、

まず、後ろ下がりの損傷は前掲甲第一五号証によれば、その前端では被害車両の前輪の最上部よりさらに高い部分に損傷が生じていることが認められるが、このことと前掲甲第四号証とを併せ考えるならば、この高さは、加害車両のバンパー最上端よりもさらに高いことが認められるが、被害車両の停車中に、その左前方から加害車両が衝突し、その際にこの損傷が生じたものとすると、加害車両の左前部の最も外側にあるバンパーの接触痕がつくはずであり、しかも、その高さは、停車時の高さと同じか、もしくは低くなるのが通常であつて、このような位置にのみ損傷が生じるというのは不自然である。むしろ、この損傷の傾きの角度が、前掲乙第二〇号証によれば約一・九度であつて、自動車の急制動時のノーズダンプ(前下がり)の角度とほぼ一致していること、及び、その後端が乗用車のバンパー高さとほぼ同じであることよりすれば、被害車両が走行中急制動状態で他車のバンパー等に接触した際に生じたものと見るのが自然である。

次に、平行な損傷についてみると、前掲甲第一九、第二〇号証によれば右損傷は前方が深く、後方へ行くにつれて浅くなつていることを認めることができるが、前掲乙第二〇号証によれば、このような損傷の発生態様としては、むしろ後方から他車が接触を開始し、前方へ向かつて傷をつけた後に離れていつた場合に生じると見るのが自然であり、前方から接触を開始し、離れる際に緩やかに離れていく際に生じると見るのは不自然であると考えられる。

さらに、後ろ上がりの損傷についてみると前掲乙第二〇号証によれば、やはり、被害車両が走行中急制動開始時において何かに接触し、その状態で被害車両にノーズダンプ現象が起こつたため、後ろ上がりの損傷が生じたと見るのが自然であり、被害車両が停車中に左前方から接触されて生じた損傷とすれば、加害車両が接触後急激に浮き上がるような現象を想定しなければならず非常に不自然である。

以上のように、側部の三つの損傷はいずれも原告が主張するような態様の事故による損傷と見るには不自然であると判断せざるを得ない。

(4)  被害車両の後部損傷については、そもそも加害車両の左前部からの衝突によつては直接生じうるものではないので、本件事故の存在を検討するにあたつて、加害車両の損傷との整合性を検討する必要はないと考えられる。

以上の検討の結果によれば、被害車両の損傷中には、原告の主張する態様の事故の存在を裏付けるに足りるものは全く存しないと考えざるを得ない。

3  さらに、原告が主張し供述する本件事故態様自体も、非常に不自然であり、この点からも本件事故の存在には重大な疑問があると言わざるを得ない。即ち、

原告本人尋問の結果によれば、原告は運転歴一二年のべテランであり、かつ本件事故直前の時期においても一日に一回は自動車を運転していた事実を認めることができ、また右尋問結果と証人玉山博志、同塩浦一男の各証言、現場付近の写真であることは当事者間に争いがなく、証人塩浦一男の証言によつて池田勝美が昭和六〇年五月二四日に撮影したものと認められる乙第一二ないし第一八号証、同証言により真正に成立したものと認められる乙第一九号証を総合すると、本件事故現場前の道路は幅員約七・一メートル、そのうち車道幅員は約四・五メートルであつて東行一方通行路であること、本件事故現場の空地は、道路の進行方向に向かつて右側にある空地で、右道路に面する長さは東西に約二八・九メートルで、そのうち北西側約一五・三メートルが道路との出入口になつていて、南北(奥行き)に約一八・九メートルであること、被害車両は、本件空地の西端から約一〇メートル位のところに、道路に頭を向ける形で停車しており、道路端からフロントバンパーまでの距離は約五ないし六メートルであつたものと認められるところ、原告はその本人尋問において、原告は、本件事故現場前の右道路を時速約三〇~四〇キロメートルの速度で東に向かつて走行中、先行していた自転車が道路左側に駐車中の自動車を避けようと少し中央寄りに寄つた後、まもなく、さらに右寄りに急に移動してきたので、これとの衝突を避けるため、右手にある本件事故現場の空地に逃げ込もうと右へハンドルを切つたところ、前記場所に停車中の被害車両に衝突したというものであり、かつその時に、ブレーキをかけたかどうかについてははつきりしない旨供述している。

ところで、本件事故発生の日時は、一二月三日の午後六時二〇分ころであるというのであるが、一二月のこの時間には周囲が既に真暗であることを考えるならば、空地へ逃げ込むにしてもできるだけヘツドライトの明かりの届く範囲で逃げることができる場所を捜すのが普通であり、しかも本件事故現場は、出入口が一五メートル以上もあるのであるから、道路と平行に、あるいは緩やかな角度で逃げ込んで制動をかければ十分に逃げ込めたものと考えられる。

運転経験の未熟な運転者ならともかく、前記のとおり経験豊富な原告がこのような判断をすることなくやみくもに急ハンドルを切ることは考えにくいと共に、被害車両より東側即ち原告車よりみて奥の方向には車両がいつぱい停まつていて逃げ込めなかつたというのであれば、当然記憶に残つているはずなのに、かかる供述がみられない。またこのように逃げ込む場合には、減速しながらハンドル操作をするのが通常であるのに、ブレーキ操作について供述があいまいなことも不自然であつて、原告車の速度が時速三〇~四〇キロメートルという比較的低速であつたことから考えても、運転経験豊富な原告が、ブレーキ操作もできないような状況であるとも考えにくいと言わざるを得ない。右のとおり原告の供述どおりとすれば、原告は、わざわざヘツドライトの明かりも届かない真暗で何があるかわからない方向へブレーキもかけずに突つ込んだことになりまことに不自然かつ不合理である。

4  さらに、前掲乙第二〇号証及び証人駒沢幹也の証言によれば、被害車両の前部損傷、前側部損傷及び側部損傷はいずれも同時には生じえないことおよび被害車両ハンドルの歪みのように本件事故によつては明らかに生じえない損傷も存在すると認められるのにもかかわらず、原告本人尋問の中で原告がこれらの損傷について疑問をもつことなく、本件事故による損傷であると述べていることも不自然であり、かえつて本件事故の存在自体をも疑わしめるものということができる。

5  以上の事情を総合して考えるならば、本件事故の存在についての証人玉山博志の証言及び原告本人尋問の結果はいずれもたやすく信用することができないものであつて他にこれを認めさすに足りる的確な証拠は本件記録上存しない。

三  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件事故の存在を前提とする原告の本訴請求は理由がなく失当としてこれを棄却することとし、民訴法八九条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 手島徹)

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